大学院水産科学研究院長 木村 暢夫
大学院水産科学研究院長 木村 暢夫

 1876年(明治9年)札幌農学校(現北海道大学)が開校しました。水産学はこの時点で、日本が手本とした欧米の大学においても学問として体系化されていませんでした。開校まもない1880年(明治13年)には、外国人教師ジョン・C・カッター博士が動物学の授業で水産学に関する講義を行っており、これが我が国における水産学教育の始まりとされています。多くの自然科学が欧米を手本として発展したのとは異なり、水産学は自然科学の中で、唯一我が国に起源を持つ学問であり、北海道大学で生まれ、育ち、科学として確立した学問です。もちろん、初代教頭のウイリアム.S.クラーク博士や外国人教師が、北海道の広大で豊かな自然と水産資源に期待を持っていたことも展開できた大きな要因です。

水産学の流れは、札幌農学校一期生で、後に千歳に道立のサケマス孵化場を開いた伊藤一隆、北海道沿岸のコンブ類の研究を行った二期生宮部金吾、そして「漁業も亦学問の一つ也」と卒業演説を行った同じ二期生の水産学者で思想家内村鑑三ら学生に引き継がれていきました。いずれも水産、教育や人材育成等未開の分野を大いなる可能性と捉え、世界を広げ、水産学の体系化に尽力しました。1907年(明治40年)に札幌農学校に、水産教育を体系的に行う「水産学科」が設立されてから水産学部は、2018年(平成30年)で創基111年を迎え、これまで約20,000人の優れた人材を輩出し、同窓生は海洋・水産関連分野を始め広範な分野で、産業と科学の発展に貢献しています。

現在の水産学部は、札幌農学校の精神を色濃く受け継ぐ学部と言われています。北海道大学は、開学以来「フロンティア精神」、「国際性の涵養」、「全人教育」、そして「実学の重視」の基本理念の元、教育を培って来ました。1876年(明治9年)、札幌農学校開校式において、クラーク博士は、「Lofty Ambition ! 高邁なる大志」をもって毅然として新しい道を切り拓いて生きることを示されました。北海道大学の基本理念の一つ「フロンティア精神」の起源です。新たに発生する大きな課題に対し、常に豊かな創造性を持って不断に研究を推進することを示したもので、常に厳しい海洋環境と対峙し水産学の確立と発展のため研鑽を積んできた私たちの基本理念です。あわせて、産業への還元を念頭に研究を進める「実学の重視」を念頭に置いた教育が実践されています。

現在水産学部では、水圏生物資源をベースに持続的生産、環境保全、そして総合的な利用など、様々な科学的発見を通して、人類社会へ貢献することを教育目標にしています。さらに、大学院水産科学院では、「海洋・水圏における生物資源の持続的生産」と「それらの効率的利用」、さらに「海洋生態系や環境の保全」を対象に、そこで発生する課題に対し総合的に解決できる能力を身につけることを教育目的として掲げております。そして、水産科学は、地球環境や資源、特に水圏における生物資源の再生産から利用までの過程を一つのシステムとして捉え管理することで持続的に利用することが可能であるという観点に立った「持続可能性水産科学」を掲げて教育・研究を行っています。

近年、温暖化に見られるように地球を取り巻く気候変動は加速しています。海洋に廃棄される人為活動による産業廃棄物は有限な地球の環境収容力を超え、また過剰利用されてきた水産資源は、ほとんどの主要魚種において激減しており、資源維持と再生は危機的状況にあります。何十年に1度と言われるような大規模な自然災害も毎年当たり前の様に報じられます。このような顕著な気候変動は、産業革命以降の指数関数的に増加した化石燃料の消費と人口増等によるものと言われていますが、多くの問題の中で、地球面積の約70%を占める海洋に関する問題はとりわけ深刻であり、海洋環境と生態系、さらには「水産業の持続とその可能性」そのものに関わる問題となっています。

水産資源は消費すればなくなる化石燃料とは異なり、有効的に管理しながら利用することで将来にわたり持続的に使用可能な貴重な食料資源です。また、水産生物には人工的には生み出せない未だ未利用の機能が多く存在し、新たな発見と開発、利用には多くの可能性が秘められています。

有限な地球システムの容量と脆弱性を正しく評価し、「水産の持続性」を、実現するためには、科学的根拠に基づく海洋環境や水産資源評価、そして適切な資源管理が不可欠です。そのためには、地球システムを俯瞰する広範な知識を収集し、さらに研究を進化させる必要があります。しかし、歴史的な発明や発見がそうであったように、海洋環境の修復技術や管理法、未利用の機能性の発見や利用法などにおけるパラダイムシフトは、皆さんの柔軟で自由な発想から生まれるのかもしれません。是非、皆さんが取り組む研究から新たなシーズを社会へ発信して下さい。