北海道開拓使の学校設立構想では、札幌農学校では農工学教育とあわせて医学教育の機関とすることとし、水産に関しては「漁師の仕事」と決め付け、それに対応した教育・研究を著しく軽視していた。また、教育の範としたマサチューセッツ農科大学はじめ欧米の大学においても、水産学の学問としての体系化は全くなされていなかった。この様な時代、米国人お雇教師J.カッター博士は着任の翌年、1880(明治13)年より、札幌農学校3年生の第一学期毎週3時間の動物学の時間を6時間とし、そのうち3時間を水産学に充てた。カッター博士が、この講義をわが国における水産学高等教育の緒と認識していたことは以下の、講義における言葉からも分かる。

 ”This is,I understand,the first school in the Empire to afford instruction upon the most important subject of fish and fisheries.”

 札幌農学校の初期卒業生の中にも、サケマス孵化場を開いた伊藤一隆(明治13年卒)、「漁業も亦学問の一つ也」の卒業演説を行い、その後、アワビの発生研究、魚類目録の作成を行った内村鑑三(明治14年卒)など水産志向の人士がいたが、体系的な水産学高等教育の始まりは1907(明治40)年4月における札幌農学校水産学科の開設を礎とする。しかしながら、水産学研究が一定の学術レベルに達する以前に、産業の要求する実務者、技術者を養成せざるを得ない当時の状況に基づき、この学科は修業年限3年間の専門学校程度とされた。この学科は東北帝国大学農科大学水産学科(1907(明治40)年6月)、北海道帝国大学附属水産専門部(1918(大正7)年4月)へと改組された。

 1923(大正12)年ころより、水産専門部の学部昇格の気運が生じ、その推進へ向けた文部省の指導もあったが、当時、農学部の拡充と理学部新設を重視する北大当局の認めるところにならなかった。このこと等が契機となり、1935(昭和10)年水産専門部は函館市へ移転し、函館高等水産学校として独立するが、その後、1940(昭和15)年に漸く、帝国大学農学部の中に旧制大学レベルの研究教育を行なう水産学科が設置され、当初計画(7講座)よりは小規模であったが、水産生物学2講座、水産化学2講座を有した。
 新制の水産学部は戦後、1949(昭和24)年に農学部水産学科と函館水産専門学校(1944(昭和19)年改称)をあわせ、函館市に設立された。その後、数次の学科改編等を経て、大学院水産科学研究科の重点化により(2000(平成12)年)、水産系では唯一の大学院大学研究科となった。本学、水産学部の歴史は、欧米に習うべきモデルの全く無い中で、水産科学の学術研究と高等教育を如何に体系づけ、水産を学問として昇華させるための非常に厳しい道程であったが、この中で優れた研究成果が多く輩出し、国際的に著名な水産科学研究教育拠点を形成してきた。多大な貢献をなした先人の業績を紹介しつつ、以下にその歩みを、辿りたい。

藤田経信

 本学の水産増殖学の祖は藤田経信(札農明治22年卒、東大理明治25年卒)に遡る。藤田は、農林省水産講習所技師を経て、札幌農学校水産学科主任になり、その後、水産専門部の独立、移転まで教授職にあった。この間、水産養殖に関する科学・技術を教科書として体系化し、「水産蓄殖学」を著すとともに、1934(昭和9)年、魚類の寄生虫病を中心に記述した、本邦初の魚病に関する専門書である「魚病学」を刊行し、斯界の発展に貢献した。関連する参考書籍がドイツにおいて著された2編しかない時代、魚病学を学問として位置づけた業績は画期的であり、高く評価される。これこそが、本邦における魚病研究の嚆矢であり、後に、水産細菌学教授の武田志麻之輔(北大農大正8年卒)による鮭鱒孵化と細菌との関係の研究、微生物学教授の木村喬久(高水昭和23年卒)による魚類初の腫瘍ウイルスOMVの分離等の魚病研究進展の源流となった。

田村 正

 水産増殖の分野を発展させたのが田村 正(北大水専大正15年卒)である。田村は、東北帝大浅虫臨海実験所助手等を経て母校にもどり、函館高等水産学校助教授、教授、北大水産学部かん水増殖学教授を勤めた。戦後は一貫して増養殖漁場の環境、餌料、害敵対策を中心課題として、後述の井上直一とともに潜水機「くろしお」を用いた観察を長期間つづけ、環境と増殖生産の関連等について厖大な業績を示した。これらの研究教育業績に対し、日本水産学会功績賞(昭和46年度)等が授与されている。

山本喜一郎

 魚類の種苗生産を含む生殖の統御は水産増殖上の重要課題であるが、この分野について淡水増殖学教授の山本喜一郎(北大理昭和13年卒)は1973(昭和46)年、初めてウナギの人工孵化に成功し、世界を瞠目させた。ウナギは生活史の全容が解明されていないことから、その養殖は天然のシラスウナギの採捕と育成に依存している。ウナギの完全養殖のためには、人工的に成熟させた親魚から次世代を作出することが重要課題であるが、この業績によりその基本が固められた。山本の学統は、その教えを受けた多くの優れた弟子により引き継がれ、北大を魚類生殖生物学、種苗生産研究の世界的拠点とした。山本はこれら業績により昭和50年日本農学賞、同年紫綬褒章、その他を授与されたが、その後継者、山内晧平(北大水昭和44年卒)は、更にこの分野を分子細胞生物学的手法により発展させ、水産増殖学を格段に進展させた功績により、平成14年日本農学賞、平成15年紫綬褒章、その他を授与されている。

佐々茂雄

 応用分野のみならず、水産業、漁業の基盤を支える基礎水産生物学の分野で、大きな功績をあげたのが、疋田豊治(東大教員養成明治39年卒)であり、北日本産鰈類の研究他、北洋魚類研究に大きな足跡を残した。この魚類学研究の伝統は、後年、水産動物学教授の尼岡邦夫(昭和40年京大院修了)へと繋がり、講座を14万点の保管標本を基礎とした魚類系統分類学研究の中核へと育て上げた。また、元田 茂(北大農昭和8年卒)は、水産学部に置かれた、わが国初の浮遊生物学講座教授として、農学校水産学科以来、北大が重視してきたプランクトンの研究を推進し、国際的舞台で活躍する一方、この分野の指導的研究者となる多くの門人を育てた。

谷川英一

 水産物の加工利用は、海洋に生息する生物資源の有効利用や食品産業等における技術開発の観点から現在に至るまで重要な課題であるが、この分野の教育体制確立に尽力したのは、後に高等水産校長となる佐々茂雄(札幌農,明治31年卒)であり、自らの講義について「この講義は日本の誰にも引けを取らぬと確信する。私より優秀な講義をするものがあればいつでも席を譲る。」と常に新年度に述べたと伝えられる。この分野の研究は谷川英一(北大水専昭和5年卒)に受け継がれ、製造加工技術の向上と学術的な体系化が一層はかられた。谷川は農学部副手、農林水産試験場を経て昭和13年に母校に戻り、その後北大水産学部の食品製造学教授を勤め、戦後のサケ・マス・カニの缶詰製造に関連し膨大な業績を残した。これらに対して日本水産学会功績賞(昭和46年度)が授与された。

斎藤恒行

 一方、水産化学・生化学の基礎分野では斎藤恒行(北大理昭和10年卒)が画期的な魚肉の鮮度判定法の提案を行い、水産学会と業界で高い評価を得て、この成果は広く応用された。斎藤は東北帝国大学研究所員、北大理学部副手、講師、助教授、北海道学芸大学教授を経て、昭和28年北大水産学部教授となった。そして、水産学部における魚類筋肉中の有機燐酸化合物に関する研究の道筋をつけ、その後のこの分野における指導的研究者となる多くの人材を育成した。これら一連の魚類筋肉の研究業績により日本水産学会功績賞(昭和44年度)を授与された。

 漁業に関する研究は水産学の中核的存在であるが、その守備範囲は漁場環境、資源生態、漁具、漁法、漁船など多岐にわたり、その学問的体系化は難題であった。しかし、漁業・漁労に関する初代主任教授、野沢俊二郎(札農明治18年卒)、高水における後継者村山佐太郎(東北帝大農科大水産学科明治43年卒)らにより、漁業に関連する科学技術の教育体系が次第に整えられ、練習船忍路(おしょろ)丸による航海実習、漁業実習も開始された。

井上直一

 その後、高水から水産学部の時代に、物理学を基礎とした漁法の研究教育に当たったのが、中谷宇吉郎(低温研)に師事した井上直一(北大理昭和9年卒)である。井上は漁具漁法、漁場、水産生物の生態の研究には、海中における直接観察が不可欠と考え、昭和26年(1951年)に潜水探査機「くろしお」を完成させた。同乗した海藻化学講座の鈴木昇(北大農昭和9年卒)が静寂な海底に雪のように降る懸濁物質の神秘さから、これを「マリンスノー」と呼び、今日海洋学における正式な呼称として使われている。井上はその後改良された2号機も含め700回余の潜水調査を行い、海洋環境、魚群行動、漁網や魚礁の調査研究に先駆的な役割を果たした。これら「潜水艇の水産研究への応用」に対し、水産学会功績賞(昭和51年度)等を与えられている。

佐藤 修

昭和28年水産学部漁具物理学講座に着任した佐藤 修(北大理昭和23年卒)は各種漁具の流体力諸特性について解析すると共に、人工魚礁の物理学的諸特性を明らかにし、漁場造成事業の推進に主導的な役割を演じるなど、我国における水産土木・水産工学の理論的体系化に大きく貢献した。

 以上の水産学研究の特徴は、範とする手本がない混沌としたなかで、学問の体系化と科学としての確立を目指して格闘したこと、人類にとって未知の海洋やそこにすむ水産生物の特異な生命機能解明にせまったこと、さらに、そこから得られた成果を食糧、環境、また、産業振興の課題へと応用しようとしたことであり、これらは北大の理念「フロンティア精神」および「実学の重視」に通じる。現在、水産科学研究科・水産学部では、これら業績を基盤として発展した多様な国際的・学際的学問領域を統合し、水圏における生命のあり方とその環境との関係に関する法則性を解き明かし、水圏生物の食糧等の資源としての持続的生産と効率的利用を保障するための体系的研究と教育を行なっている。水産科学は、地球最後のフロンティアである海洋等水圏を相手にして、そこに棲む生物を人類の生存と繁栄のため、いかに利用するかを考究する未来開拓の科学である。